こんにちは、松本です。

 

月収200万円を稼いで、おかげさまで今は順調です。

 

集客は広告を使って、ほぼ自動ですし。

 

教育も公式LINEなりメルマガなりで、これも自動。

 

セールスも文章で、僕がわざわざ直接営業しなくても24時間”文章”が代わりに誰かに営業してくれます。

 

起業当初は、スタバで500円くらいするフラペチーノを頼めず。

 

130円のミネラルウォーターを1週間使い回して、無料wifiを頼りに暮らしていましたが。

 

今はがむしゃらに作業しなくても仕組みが回るので、かなり楽させてもらってます。

 

また最近では、漫画制作を行ったり。

 

ヘラクレスオオカブトを育てて、売り捌いてみたり。

 

とある出版会社から本の話もちらほらと舞い込んでくるようになりました。

 

まあ、こう書けば順風満帆な人生を歩んでいるように思えるかもしれません。

 

ただある種、こうして同じようにお金を稼ぎ、ただのほほんと自由な暮らしを実現すると人生破滅します。

 

目標を見失う方がわんさかいるのです。

何もせず月収うん百万円稼いだのに幸せにならない人

自由であるがゆえに、不自由になってしまう人ですね。

 

なぜこういった状況が起こってしまうのか?

 

それは今まで「お金を稼ぐ」が目標であり、なにもせずお金を得られる状態をゴールと設定してしまっているからです。

 

「東大に合格したら、もう後は何もしなくていいでしょ」

 

と同じ思考ですね。

 

大学で何をするのか?が大事なはずなのに、東大合格をあたかも人生のゴールと設定してしまったがゆえに何もできなくなる。

 

だから、月収100万円を安定して自動で稼げるようになって。

 

「勝手にお金が増えていくなー」

 

「お金って何だろうな…」

 

「とくに使い道もないな…」

 

ってなってくると目標を見失い人生、憂鬱になります。

 

もはや、がむしゃらにビジネス頑張っていた頃のほうが幸せだったのでは?

 

貧乏のときのほうが夢中になっていて刺激的だったのでは?

 

と、錯覚(?)みたいな現象に陥ります。

 

それでまた、「貧乏時代と同じようにビジネスをがんばろう!」となっても目標設定が数値でしかない場合。

 

幸せにはならんのです。

たしかにお金を稼げば最初は楽しい

お金を稼いだら自由になって、幸せになるはずなのに…。

 

いやたしかに最初は楽しかった。

 

美女と遊んだり、付き合ったり。

 

海外旅行で贅沢したり。

 

美味い焼肉、鮨を食べたり。

 

幸福感に包まれる甘美な新鮮な体験。

 

とても刺激的でプレミアムな体験であった。

 

でも…「美人は3日で飽きる」というようにプレミアムな体験も繰り返せば色あせてしまい。

 

またいつもの平凡な日常の感覚に陥ってしまいます。

 

こうなると、さらにプレミアムな体験(刺激)を求めていきますが、当然そんなものにはキリがありません。

 

またそのプレミアムな体験を手に入れるまでの間も、どうでもいい日常をぼんやりと過ごすだけの人生になってしまいます。

 

結局、刺激中毒の負のスパイラルですから。

 

人生を幸せに生きるうえで、人生を充実させるためプレミアムな体験を求めることは全く持って的外れな解決法なわけです。

未体験を体験することが幸せである

金より、モテるより、成功するより。

 

大事なのは体験を意識する生き方です。

 

人生が退屈なときとはどんなときか?

 

それは僕たちが「ぼんやりと生きている」ときです。

 

では「ぼんやりと生きている」とは?

 

それは知っているものが繰り返されていること。

 

例えば、ものすごく感動する映画があります。

 

そんな感動的な映画も毎日、毎日くりかえし見続けていれば当然飽きます。

 

なぜ飽きるのか?

 

それは同じ映画だと、「同じ展開が起きることを知っているから」です。

 

だから僕たちは、知っていると思っているものについては興味が持てず、注意や関心を向ける必要性、意識を向けることをやめるのです。

 

意識を向けることをやめれば、

 

「ああ、早く終わらないかな…」

 

「夕飯なに食おうっかな〜」

 

と夢うつつの状態になり、何か新しいことが起きるまで意識が「ぼんやりモード」になります。

 

ぼんやりした生活を繰り返してしまうと、日常生活に対して毎日が同じことの繰り返しであり。

 

未知なことが起こらないだろうと思い込んでしまいます。

 

一方、知らないこと。未体験なことであれば僕たちは子供のような好奇心を向けて、

 

「いま起きている目の前のこと」

 

に意識を向けることができるのです。

 

もし、あなたが見知らぬ国に行って、道を曲がるとどんな景色が見えるのか。

 

どんな動物に出くわすのか、まったく想像もできない。という道の状況に置かれたら、きっとワクワクしながら周囲の様子を注意深く伺いますよね。

 

そういった未知なものであれば、毎日が同じことの繰り返しではない。

 

知らないものであれば、僕たちは自動的に意識を外に向けて、楽しい世界と向き合うことができます。

 

つまり意識が「ぼんやりモード」にならないように、「自分は知っている」という状態を作らない仕組みを作ることが幸せになる近道です。

人は意外と自分の未知に気付いていない

たいていの場合、ひとは習慣的に自分の知っているものだけを身の周りに置いているので自分の未知に気付けません。

 

この話を理解するためにフルーツを例にしましょう。

 

イチゴ、マンゴー、ブドウ、みかん、マスカット、さくらんぼ…

 

フルーツにもいろんな種類があります。

 

メジャーと呼ばれるフルーツがあるなかで他にも、

 

・マンゴスチン

・チェリモヤ

・ドラゴンフルーツ

・アケビ

 

などなかなか耳にしない、目にしないフルーツも存在します。

 

僕もこれらの存在を知ったとき驚きました。

 

「マンゴ・・・すちん??」

 

「ちぇ、ちぇりもや?」

 

なにそれ美味しいの?って感じです。

 

この2つを調べるだけでも面白いです。

 

この2つのフルーツ、マンゴスチン、チェリモヤは「世界三大果」のひとつで、世界でもっとも美味しいとされる三大フルーツになっています。

 

たとえばマンゴスチン、これは果物の女王と呼ばれるフルーツであり。

 

チェリモヤに関しては「森のアイスクリーム」と呼ばれるフルーツです。

 

そんな美味しいフルーツなのに、もし一度も食べたことがないとしたら…

 

「お、俺はもしかしたら人生をものすごく損しているかもしれない・・・!」

 

そう感じました。だって、もしかしたら寿命が尽きる前に

 

「最後に食べたいものはなんですか?」

 

と聞かれたら、

 

「マンゴスチン・・・!!!」

 

と答えてしまうような、僕好みのフルーツかもしれないからです。

 

そんな可能性だってあるわけです。

 

マンゴスチンだって、ちょっと調べたりすればネット通販で売っているものです。(季節によって販売終了だったりします)

 

けど僕たちは、たいていそういう「知らないもの」が目に入りません。

 

もしある男がフルーツにおいて、

 

「イチゴ、ブドウ、りんご」

 

だけしか知らなくて、毎日日替わりで、

 

「イチゴ、ブドウ、りんご…イチゴ、ブドウ、りんご・・・」

 

と順番に食べていたら、その男は飽きてこう言い出します。

 

「フルーツなんてもう食べ飽きたわ。ああ、なんか面白いものってないかなー」

 

どうでしょう。

 

彼が人生を損しているのは自明だと思いますが、要するに彼は自分の知っているものだけを身の周りに置いて、

 

「知っているものだけで構成された世界」

 

のなかで生きているため、それはもう飽き飽きして退屈な人生なわけです。

 

遅かれ早かれ、その男は人生ぼんやりモードに突入します。

 

そんな男が、なんかソクラテスから「無知の知」を学んだとして、

 

「ああ、そうか俺はフルーツについて何も知らなかったんだ。よし知ったかをやめよう」

 

と思い直したとしても根本的な解決にはなりません。

 

なぜなら、その男のなかで「知らないもの」が存在しないからです。

 

「知らないもの」を知る選択肢がないのです。

 

しかし、そんな窮地から逃れる方法はあります。

 

それは日々、意識して未知なものが目に入るよう意識づけることです。

 

繰り返すのように、僕たちは自分の知っているもので日常生活を構成しがちです。

 

実際、昼のランチに聞いたこともないメニューをわざわざ注文する人も稀です。

 

食べたことのないメニュー、フルーツ、食べ物はいくらでも身の周りにあふれています。

 

しかし通常それらは目に入っておらず、存在自体に気づくこともできません。

 

つまり僕たちにとって、知らないものは「ない」と同じなのです。

 

だからこそ、日々意識して未知なものが目に入る仕組みを作る必要があります。

無知を自覚させる仕組みを作るには?

自分の世界になかった「知らない体験」に気づく仕組み。

 

いわゆる無知を自覚させる仕組みには、未知のチェックリストを作るのが一番手っ取り早いです。

 

例えば僕の場合ですと、次のような未体験がまだ残っています。

 

おにぎりの場合。

 

・辛子明太子

・タラコ

・すじこ

・エビマヨ

・バクダンおにぎり

・天むす

 

寿司の場合。

 

・シメサバ

・スズキ

・カレイ

・サヨリ

・シャコ

・ツブ貝

・ホッキ貝

・トビッコ

・鉄火巻き

・芽ネギ

・アボカド

・カリフォルニアロール

・ハンバーグ寿司

 

を、たぶんまだ注文したことがないです。

 

このあいだとある経営者にお勧めされたものでも、

 

・ひとりボーリング

・ひとりプリクラ

・ひとりバーベキュー

・ひとりキャンプ

・ひとりビリヤード

・ひとりディズニー

・ひとり花火

・ひとりストライキ

・値引き交渉

・社交ダンス

・思考を1日断つ

・全裸で1日過ごす

・背筋を意識して1日過ごす

 

この辺とかやったことないんですよね。

 

これらも要は指摘されなかったら、調べてみなかったら自分で気付けなかった「知らないもの」でした。

 

繰り返しますが、僕たちは自分の日常(世界)を「自分の知っている体験」だけで構成する傾向があります。

 

もちろん、そのこと自体は悪いことではありません。

 

いつものメニューをローテーションして選ぶ。この行為は失敗のない安全な行為です。

 

しかし、そうした「知っている体験」を反復する行為は確実に僕らの感受性を鈍らせて、人生ぼんやりモードに突入します。

 

僕が目指す極地は、たとえ同じものの反復でも意識をはっきりさせて、その体験を味わうこと。

 

スポーツで例えるなら、同じ素振りでも試合を意識して振るか、ただ漠然と振るかで大きく変わるのと同じです。

 

ただ今は、反復の行為に意識を向けるのはまだ難しいと思っています。

 

子供時代のように未体験に挑戦したときのワクワク感を取り戻して、

 

「体験が楽しい」

 

ことを思い出していく、これが幸せになる第一歩かと。

 

「未体験の哲学」になります。

 

お金を稼ぐのは幸せになる手段ですが、あくまでも手段であり。

 

「お金を稼ぐ=幸せ」に直結するわけではありません。

 

自由な状態になることは、僕からしたらあくまでも人生のスタートラインでしかありません。

 

お金の稼ぎ方を教えてくれるひとはたくさんいますが、幸せになるために必要なことを教えてくれるひとはなかなかいません。

 

とくにこの業界はお金を稼いで、すぐ鬱になる人が多いので、僕が代わりにお金を稼いだあとの生き方を提示しました。

 

ぜひご参考までに。

 

未知の体験は必ずしもお金がないとできないものではありません。

 

今日からできるものも多々あります。

 

ですのでまず手始めに、未知の体験を見つけてください。

 

未知を知ったぶんだけ世界は広がり、また愉しさを感じる楽しい人生を歩めます。

読者レビュー☆4.3の書籍が読めます

先日、生まれてはじめて電子書籍をKindleで出版しました。

  

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この書籍を読んで人生を変えた方もたくさんいるので、ぜひ今のうちに手にとってみてください!

   
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