はじめまして、まつもとです。

 

僕は、18歳のときに起業しました。ビジネスに興味を持ち始めたのは高3の夏。

 

わりと早いタイミングで起業という選択肢に気づけたので運がよかったのはありました。そしてビジネスをはじめて約3年で月収70万を突破することができました。

 

現在は最高月収が80万になっていて、すべての仕事はネット上で完結しています。いつでもどこでも旅行に行くことができるし、好きなときに好きなだけ美味しいものが食べれる状態です。

 

また過去にクラウドソーシングや美容の企業と法人コンサルをやったり、アプリ開発の一端を任されたり。最近は海外でゲストハウスを経営する話も出ています。

 

もう3年前の僕からしたら、「お前誰やねん!」ってレベルで人生激変してて自分の成長具合が面白すぎて仕方がありません。

 

ただ世の中には凄い人たちがゴロゴロ存在しています。当たり前のように億を稼ぐ人が周りにいるので、「俺ショボすぎやんけ。もっと行動していかんと」ってさらに邁進していく日々です。

 

ま、気づけば自分の人生がちゃんと歩めるようになったわけですが、18歳までは完全に他人の人生を生きていました。いわば雑魚キャラですね。

 

やりたいこともない、自信もない、素直になれない、プライド無駄に高い、モテない、金もない。他人の目を伺うばかり…。

 

ビジネスと出会うまでは、自分で稼いで時間を生み出す考えなんて毛頭なかったし、いうて稼ぐようになるまでも丸3年と遠回りばっかしてきました。

 

なにやるにしても続けられないし、すぐ飽きて中途半端で終わる器用貧乏で、「特徴ないのが特徴」の自分。

 

とくにやりたいこともわからずにいたので、親の言うとおりに生きていくのが100%正しいという価値観で生きていました。

 

いかに敷かれた社会のレールで勝ち上がれるか?他人の評価ばかりを気にして生きてきたのです。

 

そんな凡人でも起業してからは月30万、50万円、70万円と収入が増えていき、自信もついて人生の質も上がって一気に変化しました。

 

そんなウソのような本当の人生逆転物語をお楽しみください。

 

これを読めば、ビジネスの知識がゼロの状態からでも勉強することで僕みたいなFラン大学にいた元アホ人間でも自由になれることがわかります。

小学生の頃。コンプレックスの塊

母はパートのおばさん、父はサラリーマン。中高大と、私立に通っている姉がいました。決して貧乏ではなかったのですが、価値観がとにかくケチでした。

 

周りの友達はPSPでモンハンをやっているのに自分は仲間に入れない。みんなDSを持っているのに自分だけゲームボーイのまま。

 

「PSP欲しいんだけど!!」

 

「みんなDSもってんだけど、なんで俺には買ってくれないの?」

 

そう訴えても、『うちはうち、あんたには必要ないでしょ!』と一蹴されるだけ。

 

5歳から習い事で続けていたサッカーも練習試合や公式戦で点を取っても全く褒められません。

 

試合が終わって帰りの車の中で両親から、ずっと叱られていました。

 

『なんであのときボールを取られるんだ、もっと体を張れば相手に抜かれることなかっただろ!』

 

罵声に耐えられなくて後ろの座席で耳を塞いで聞こえないようにしていました。怒られるのが恐怖で、親に自分の気持ちを伝えられなくなりました。

 

そして小4からサッカーをずっと辞めたかったのですが、親に相談しても辞めさせてもらえません。何回も、何回も練習から帰ってくるたびに「やめたい」と言っていました。

 

母「男なら一つくらいやり抜きなさい!」

 

それから僕は何かお願いしても、「どうせ断られる」親に従って生きていくしかないんだと思うようになりました。

 

気づけば欲しいものだけじゃなく、やりたいことにも自ら蓋するようになりました。いかに親孝行するか、他人に迷惑かけないようにするかばかり考えていました。

 

学校のテストで70点以下を取るといつも母からしばかれていました。それから親に怒られるのがトラウマになりました。

 

親から与えられた進研ゼミの課題を終わらせないと飯を食べさせてくれません。そのスパルタ教育もあって小学生のとき通知表の成績がオール5なんかもありました。

 

成績がいいと母から褒められて素直に嬉しかったです。とにかく母や他人から迷惑をかけてはいけない。母から認められたいという気持ちが強かった。

 

だから自然と他人からの評価ばかり気にするようになっていました。自分のやりたいことしたいことが自然と消滅していきました。

中学時代、スクールカーストの底辺。

サッカーが辛くなり、中学になって楽できそうな卓球部に入りました。卓球部にはアニメやゲーム好きのオタクが集まり、僕もハマっていきました。

 

小学校で6年間サッカーをしていたときは、調子に乗れて人間関係に困ることはありませんでした。

 

しかし中学になるとクラスメイトからの扱いが変わりました。陰キャの僕はモテないし、小説を読んでいたらクラスメイトから気持ち悪がられていました。

 

そこで学校には残酷なスクールカーストというものがあることを知りました。サッカー部や野球部、バスケ部といったスクールカースト上位の奴らはモテまくって調子に乗ることができる。

 

しかしスクールカーストの底辺の僕はモテる事もなければ、調子こける権利もないです。

 

唯一、学校の楽しみである読書が終いにはクラスメイトから小説をビリビリに破かれてゴミ箱のなかに入っていました。

 

「誰だ!俺の本を破ったやつは!!ぶっ殺す!」とは思ったものの、先生にチクってそれからまたイジメられたらどうしよ…っと思って結局言えませんでした。

 

やり返したくても、やり返せない。まー辛かったですね。廊下を歩いてたら、いきなり胸倉掴まれたり、ケツを蹴られたりしてマジ監獄でした。

 

反抗したいけど、できない。なので、「ちょ、何すんだよw」とか言ってヘラヘラしてました。内心めっちゃ腹立ってるんですけどね。

 

殴り返してしまったらモテなくなる…。

 

優しくて、真面目な男がモテるとの聞いて、僕はそれを信じて貫きました。そしてクラスのなかで一番の優等生を目指すようになりました。

 

が、結局モテることはなく、むしろオタクだと気持ち悪がられました。それで「あーなるほど・・・」と思いました。

 

しょせん人間は、肩書でしか判断できないんだ。中身とか全くもって評価されないんだ。なんだこの腐った世界は!

 

そうした中学校の生活から社会の縮図を学んだつもりになっていました。

 

肩書というコンプレックスから、「偏差値60以下の高校なんてゴミ」と思い中学2年から内申書を高めるために学校生活を送っていました。

 

本当は目立ちたくないから授業で手をあげたくないけど、内申点を上げたいから手を上げる。めちゃめちゃ恥ずかしいけど、分かんないところを授業終わったあとに先生に聞きに行く。

 

高校入試の結果は死ぬほど悪かったのですが、なんとか優等生ぶりが発揮して、内申書の力を借りて公立の進学校(笑)に合格しました。

高校時代。最強の肩書を持ち青春を取り戻せ

全ては中学でできなかった青春を送りたいがためにスクールカーストのトップに君臨することを決めました。

 

そして練習が超厳しいと呼ばれてるサッカー部に入ります。ひと学年の部員が50人いるなか僕はほぼド素人同然。

 

みんなクラブチームや中学のときでも強かった奴しかそこにはいません。3年間のブランク。中学のときみんな球を蹴っているあいだ僕は卓球部の仲間とマクドナルドでポケモンを永遠にしていました。

 

走りはいつもビリ、下手くそすぎていつも蚊帳の外にされていました。

 

練習試合や遠征に行く度に僕は荷物を持たされてました。ボールが10個入っている荷物をみんなジャンケンして決めてるのに、自分だけ強制的に持たされました。

 

練習で66のミニゲームをするたびに、「なんでお前と一緒のチームなんだよ早くやめろよ」と言われていました。

 

みんな監督にアピールするのに本気です。負けるわけにはいかなかったのでしょう。そんななか僕は練習に追いつくのに必死でした。

 

ゴール前でただ突っ立ってるだけの人。ただパスをするだけなのに、「ミスったらどうしよ・・・」とビビっていました。

 

ちょっとしたミスで、
『お前まじふざけんなよっ!』
ってチームメイトに怒鳴られました。早く練習が終わることばかりを考えていました。

 

とある日の練習後、着替えてる途中に、いつも嫌がらせをしてくる奴からこう言われました。

 

『なんでお前サッカー部なんて入ってきたんだよ』

 

どう答えるか、数秒考えます。決してモテるためなんてダサくて言えません。

 

『女にモテるために入ってきたんだろ、なあそうだろ』

 

完全に図星で言い返せませんでした。

 

僕「

 

男『マジかよ、お前みたいなブスがモテるわけねえじゃん。早く辞めろ』

 

本心めっちゃ辞めたかった。いつも練習するたびに足の裏の皮が向けて超痛かったです。

 

身体もボロボロになりながら、

「早くこの練習が終わればいいのにどうやったらサボれるんだろ

そう願いながら練習に励んでいました。

 

しかし中学のときみたいにスクールカーストの底辺にはなりたくなかった。

 

「キモい」呼ばわりするのは嫌だけど別に構わなかった。だからキツイ練習でも必死に耐えていました。

 

本当はサッカーの練習とか参加したくありません。練習がきつすぎて吐いたりしていました。

 

けど部活をやめたら、みんなからバカにされるんじゃないかと思ってました。辞めるのも目立ってしまうんじゃないかと思って、やめれなかったです。

 

またスクールカーストの上位にいることで僕は女子と話せるようになったと思っていました。

 

そして今まで絡めなかった野球部やバスケ部の人とも仲良くなることができて、ワイワイ調子こくこともできました。

 

僕は最初はクラスを引っ張っていくリーダー的な立ち位置に無理やりいました。マジ目立つとか苦手だけど、これでクラスからの人気が得られるならやってやる。

 

そうして陽キャラを振る舞えるようにしました。

 

しかし時間が経つにつれてボロが出てきます。学校生活にサッカー部でいじめられていた影響が出ました。

 

『どうやらあいつ、クラスのなかでイキってるらしい』

 

その情報を嗅ぎつけてやってきたサッカー部の連中たち。僕のことを気にくわない奴らが昼休み中に教室に入ってきました。

 

教室のなかで、大声でディスりの嵐。

 

『なんでお前、部活じゃないときイキってんだよ』

『調子に乗ってんじゃねえぞ』

『お前はやく卓球部に戻れよ』

 

僕「ちょ、やめて。本当にやめて!」

 

僕は中学は卓球部でオタクだったのを隠していました。小学校からずっとサッカーやってる陽キャラでいたかったのです。今思えば、しょうもないことに意地はっていましたね。

 

それからどんどん便乗して自分をイジる、舐めてくる奴が現れました。

 

『え、お前もともと陰キャだったの?w』

『高校デビューってやつかww』

『頑張ってクラスで目立とうとしてたの?w』

 

遂にはスマホを奪われて、LINEのなかを見られるようになりました。

 

僕「おい待て!!それだけは絶対やめろ!」

 

そして女子とのLINEのトークを復唱しやがるのです。

 

クラスメイト「えーと『いつも暇なときってー』」

 

僕「あああああああ゛あ゛あ゛!!!」

 

叫んでなんとか周りに聞こえないようにかき消していました。しかしスマホを奪われた時点で僕はどうすることもできない。

 

取り返そうとすると奴らはトイレの個室に逃げ込むのです。

 

ドンドンドンドンドン!!!と、扉を叩いても気にせずケラケラ笑っています。

 

僕のスマホで勝手にクラスの女子とかに、「好きです」や「俺と付き合って」っていうLINEが送られてたりして。

 

しかもLINE送ったらトークが消されてるから誰になんて送ったのか検討もつきません。

 

僕「おい!誰に送ったんだ!ねえマジで誰に送ったんだって!」

 

奪った奴ら「さあ?www」

 

そして、「いきなりどうしたの?笑」という女子からのLINE。「友達にやられた」という謝罪メッセージを送りまくってました。

 

そうして2年間続けていたサッカー部をやめました。全ては肩書を得るため、高校生活を謳歌するために必死でした。

 

辛い思い出もあったけど、なんやかんや楽しめました。

 

友達とプールとか映画とかカラオケとか、富士急とか。学祭も10万の予算を使ってガチのお化け屋敷を作ったりして超絶おもろかったです。

 

思い残すことはただ一つ、彼女ができなかったことでした。苦笑

 

サッカー部を辞めたことで僕の青春は幕を閉じ、春から塾に通い始めました。

おれのやりたいことってなんだ?問題

『あなた手先が器用なんだから、建築士になりなさい』

 

ぼくは母からそう言われて、

 

「それが正しい」

 

と疑いもなく理系の国立大学の建築科を目指しました。

 

そこに行けば、立派な肩書がもらえる。サッカー部の次は高学歴、そして大企業に就職。それさえあれば高い給料も貰えて、人生の勝ち組だ!

 

僕は次の肩書を手に入れようと敷かれた社会のレールでのし上がろうとしていました。しかし全然勉強しても成績が上がらない。

 

3の夏になり、勉強方法が悪かったこともあり、志望校の模試の判定はEのまま。

 

「いやこんなん無理やん、この時期に判定Eとかカスじゃね?」と、僕はそこで初めて自分の人生について考え直しました。

 

てか、ほんとに建築士になりたいんか俺?ぶっちゃけ、もっと将来やりたいことがあるんじゃね?ちょっとこれは人生見つめなおす必要あんじゃん?

 

このまま建築士えらんだら建築しかできねーし。もしかしたら文系いきたいかもしれん。。

 

そして1週間ほど期間をもうけて、「自分がやりたいこと」を探していました。

 

僕は進路を変えるならこれが最後のチャンスだと思い、今までにないほど真剣に職業をググりました。

 

「建築士なー、中学のとき職業体験でいったけど長袖長ズボンの作業着を夏に着るとか絶対死ぬじゃん。。」

 

「放送作家か秋元康とかいいよな。でもオレにはひらめきとか才能ない凡人だから無理だろ。。しかもやるならADからしなきゃいけないとかしんどすぎる。」

 

「サラリーマンとか無理、満員電車を毎日はシンドい、せめてチャリ通じゃないと無理。」

 

「銀行員はなー人生安泰だけど真面目すぎる、あとそんなオレ賢くないし無理。」

 

無理無理無理無理無理無理・・・。

 

どれが自分に合う職業なのか分からず、いまいちパッとしません。

 

あーもう!何ができるんだ!!俺は何がしたいんだ!

 

ちゃんと見てきた大人と言えば、両親と学校の先生くらいです。18年間しか生きてきていないのに働きたい職業なんて見つかるはずもありません。

 

結局、自分には建築士しかないんだと、またスタート地点に戻りました。

とある1冊の本が人生を変える

死んだ魚のような目で、勉強する気力もなく惰性で塾に通っていました。セミがやかましく鳴く、蒸し暑い夏の午後。

 

ぼくはダラダラと紙に意味もなく、英単語を書いていました。あーもう死にてえ、受験勉強から逃げてえ。。

 

ぼくはペンを置いて、めったに行かないTSUTAYAの書店に訪れました。

 

「なんか良い参考書ないかなー」

 

ぶらぶら本棚を眺めていたら、ん?1冊の本に目がとまりました。

 

岡田斗司夫、著者の『僕たちは就職しなくてもいいかもしれない』

 

この本が僕の人生を変えるキッカケとなったのです。

 

「僕たちは就職しなくてもいいかもしれない??」

 

えーー!!就職しないでいい選択なんてあるのおおおお!!?

 

衝撃をうけました。そして案の定、その本を読んで今までの固定概念がぶっ壊れました。

 

”会社が人を雇わない理由は、以下の三つ。

 

①企業の平均寿命が五年を切り、これからずっと安泰な会社が存在しない。(公務員も安心ではない)つまり「半年先の未来がだれにも予測不能」だから。

 

②新人を雇って仕事を教える余裕がない。面倒な仕事しかもう残っていない。いま固定給を払っている人たちでやりくりするので精いっぱいだから。

 

③怖くて人が増やせない。新しいアイデアが出てくるたびに一つの産業や業態がつぶれたり、もしくは会社の売上が半減したりするから。

 

そこから僕は目覚めました。こりゃダメだ、会社に依存してたら死ぬな。会社がぶっ倒れても大丈夫なように、自分で稼ぐスキルが必要だなと気づきました。

 

そもそも自営業なんて当たり前で近所の八百屋さん、ラーメン屋さんだって、自営業でしょ?社長でしょ?全然珍しくないよね。

 

てきなことも書かれてて。

 

「うわホンマや!アハ体験かよーー!!」と、ひどく共感したのですが、いやいやでもなにすればいいか分からんし、凡人の俺ができるわけない。

 

起業といってもスティーブ・ジョブズとか孫正義とかごく限られた才能ある天才にしかできないっしょ?おれ天才じゃないし無理やんけ、そう思ったのです。

受験勉強を捨ててネットビジネスをやる

それでも、『自分でお金を稼ぐスキル』は知りたかったので家に帰ってツイッターで「自由」と検索してみました。

 

すると、『東大生がパソコン1台で3ヵ月で1000万稼いだ』いかにも怪しさプンプンするツイートが表示されてたのです。

 

「100%詐欺やろwww」

 

しかし当時の受験生だった僕からしたら東大生は神でした。

 

「本当に東大生が言うんだったら論理的に矛盾してたらおかしいし、矛盾してるとこがあったらそれ詐欺やん。論破したったるわー、どうせ東大ってのも嘘やろ?」

 

という舐めたスタンスで見ていきました。最初は粗探しとしていたのですが読めば読むほど、

 

「こいつめっちゃ賢いやんけ!!」と惹かれていきました。これはヤバい、こんな世界があったんだと気づけば全ての記事を読んでいました。

 

そんでメルマガ登録し、無料プレゼントの動画を受け取って、

 

「これ自分で稼げたら、やりたい放題できるやん」

 

と、人生で初めて自分からやりたいものを見つけました。もう魂が震えましたね。

 

そして今、月100万の収入が入ってきて自由な時間が持てるとしたら?そう考えて自分のやりたいことをノートにびっしり書いていきました。

 

なんだ!やりたいことたくさんあったじゃん!!

 

「これやりたい!やらないと絶対後悔する!」とみなぎりました。そっから自らメディアを立ち上げて最初は英語の情報発信をしていました。

 

決死の覚悟で20万のビジネススクールに入りました。しかし結局、収益ゼロ。

 

僕は受験勉強をしないでビジネスばっかしてたので、あえなく大学に合格することもなく浪人しました。

 

浪人生活。転売ビジネスと大学受験

母&父「2浪はできないから」

 

与えられた時間は、この1年しかない。

 

とにかく即金性の高いビジネスとして転売をはじめました。クレカも使えないので、バイトして5万稼いだぶんを元手にやりました。

 

店舗に行っては仕入れてトータル5万の利益。さらにアイドルのイベントやコンサートに行ってグッズやTシャツを転売。10万の利益。

 

またメルカリ無在庫転売でダンベルを売りまくって30万稼ぎました。

 

「やべえww」

 

価値観が崩壊されていきます。お金を自ら稼いでいく感覚がたまらなくなりました。ドーパミンが溢れて何よりも嬉しいのです。

 

作業すればするほど、お金が増える。正直、楽しすぎました。

 

しかし当時アホな僕は、すべて自分の欲に使っていました。Macbook Proだったり美味い飯だったり、アイドルの握手会やライブにぶっこんでいました。

 

自己投資すればいいのにアホにもほどがあります。そして、大学入試まで半年をきった頃。

 

2浪はできない

 

親から言われた、その言葉が反芻しました。

 

2浪になったら就職しなきゃなの?

やべえ、、それはなんとしてでも回避しなければ!

だったら大学の4年という時間が欲しい!

 

と、そこから受験勉強がスタートしました。もう都内だったらどこでもいい、早く受験勉強を終わらせたい。そして片っ端から受験をして。受けたのかどうかも忘れたFラン大学に入りました。

Noキャンパスライフ、ビジネス再開

僕はひとつの大きなケアレスミスをしていました。それは大学のキャンパスが都内じゃなかったのです。実家の千葉から埼玉の田舎まで片道2時間半かかっていました。

 

4年間そこのキャンパスです。気づいたのが入学式でした。笑

 

こうなると、「一人暮らしすればいいじゃない」ってなりますよね。しかし無理でした。

 

もちろん親に頼んだのです、「家賃とかアルバイトするから~」と泣きながら頼んだのですが、それでも承諾は得られなかった。

 

母「姉ちゃんが神奈川まで片道2時間通ったんだからあなたにもできるでしょ!」

 

いやいや無理ゲーだわ。。

 

どう考えても、電車で通うほうがお金かかるのに、

 

「一人暮らしはお金がかかる」

「家具を買ったりしないといけないし大変」

 

もう親を説得するのに体力を使うのが面倒になりました。だったら、親を介さないやり方をしようっていう思考になっていったのです。

 

5時に起きて、満員電車に乗らないといけない日々。ぼくには耐えられませんでした。

 

親には大学に行ってるフリして、ビジネスを勉強するか、ブログを更新するかをし続けました。

 

そして僕はビジネスを学んでいく過程で色々な人と出会いました。僕は彼らから素直に学びまくって実践しました。

 

そして一番効率よく稼げて、一番自分の時間を確保することができる。仕組み作りに没頭しました。

 

そして20182月、練りに練った企画をオファーして待っていると通知には、

 

「商品が購入されました」

「商品が購入されました」

「商品が購入されました」

 

…と、ビジネスをはじめて約3年で収入が70万円を達成しました。

 

っしゃああああ!!!!

 

いやーこんときはめっちゃ嬉しかったですね。と、同時にやっとここまで来たか~って感じでした。

 

それからは学んできた知識を生かして、企業に法人コンサルをしていったりしました。今は億を稼ぐ実業家や投資家の方の情報に毎日のように触れていて刺激的な日々を送っています。

情報発信ビジネスで人生は逆転する

ぼくは今まで超絶ビビりマンでしたが、自分でビジネスをするようになってから人生が変わりました。

 

お金も時間にも余裕があるので、新しいことに挑戦しまくりです。どんどん自分の世界が広がって、それと同時にまだまだ色んな世界があって飽きることがありません。

 

仕事をきっかけにプライベートでさまざまな友達も増えました。同じ価値観をもっている人しかいないのでストレス皆無です。

 

とくに気を遣わずに常に本音で話すことができます。そして常に勉強、勉強、勉強です。

 

学んだことを人に話してアウトプット、
人にも感謝されて、
さらに思考も鍛えられて、
コンテンツを量産して、
収益上げて自動化して、
また新しいビジネスに取り組んでいます。

 

永遠に進化し続けます。これは一度やればわかりますが、超絶楽しいし止まりません。

 

外注化して人を雇って、自分じゃなくてもやれる仕事はどんどん任せていました。そのスタンスは今もなお変わりません。

 

こうして自分だけがやれるクリエイティブなも仕事だけが残り、さらに賢くなりお金も増えるという好循環。さらにプライベートな時間がどんどん増えていきます。

 

ただただ映画をみているだけなのに収益がバッコーンと増えたりして、僕とか映画の構成から自分のビジネスにどう活かせるかなと考えることもあります。

 

学んでいる知識を、困っている人に提供したらそこから売り上げが10倍に伸びたり。そこから人脈がどんどん広がったりなんかもして、自分の世界がどんどん広がっていくのは非常に面白いのです。

 

思わぬ面白いものに巡り合うのも、まずお金を手にして、自由な時間を得られるようになってからでした。

 

今とかだと初対面の人から、「なんでそんな賢いんですか!」と言われたことがあります。

 

でもこれって知識を得て、そっから思考を鍛えたにすぎないです。

 

今までの振り返ってわかるように、僕なんかコンプレックスの塊だったし。アホなことやらかしまくってるダメダメ人間でした。

 

プライドも鬼高いし、素直じゃないし、とにかく卑屈でした。

 

文章なんて一行書くのに、40分かかって何書けばいいか分からず、「明日やればいいっか」と先延ばしにしまくっていました。

 

しかし、それでもネットビジネスで自動で収益を得るようになったのは知識を得たからです。知識を得たから18歳のときにビジネスが失敗しても新たにビジネスをはじめて何やればいいのかはずっと明確でした。

 

日本は、ビジネスを義務教育で学ぶとかないので特に起業とかになると未知です。知らないもんは誰しも恐い。僕はあのアマゾンでさえ最初に、宅配を頼んだときはめっちゃビビってました。

 

「ほんとに届くんかな?」と。笑

 

けどAmazonとかネットで買っても、ちゃんと自宅に送られくるわけじゃないですか。知ってさえしまえば、案外そんなもんかってなります。その感覚は起業でも一緒です。

 

ビジネスは知ってるか知らないかの世界です。ただ僕らは今まで義務教育とかで習ったことがないだけ。

 

なので人生はちょっとした情報に触れただけでも、1日で変わります。

 

ぼくの場合は、1冊の本を立ち読みしてからでした。それから学べば学ぶほど、お金は入ってくるし時間も手に入れてさらに学ぶことができます。

 

「学びて富み。富みて学ぶ」

 

この繰り返しです。これで急激に人生おもろくなります。充実度がえげつないほど上がります。

 

ぼくはメルマガを持っているのですが、800人以上の方からガンガン返信を頂きます。そっから会社をやめて独立するようになって自由な人生を送ってる人もたくさんいます。こういうのって嬉しいですよね。

 

なのでとりあえず最初はビジネスの基礎を学んで、めいいっぱい稼いください。

 

学べば学ぶほど、お金も手に入るし、時間も手に入り、自信も生まれ、心に余裕が持てるようになり健康になることもできます。そうなれば必然的に、人生はより豊かになります。

 

そうして僕は、お金を稼ぐことは当然のこととして、

 

・希望を与える

・勇気を与える

・自信をつける

・己を成長させる

 

といった人の人生を変えていくようなメールマガジンを僕はやっています。

 

メルマガではより具体的なビジネスの話をしています。メルマガ自体は無料です。

 

いまだとkindleで出版している電子書籍も無料で受け取れるので、手に入れられるうちに受け取ってください。

 

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では、ここまで読んでいただきありがとうございました。


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僕は受験勉強が嫌すぎて、
18歳で起業してパソコン1台で食っていけるようになりました。

今は月収70万になりました。
月9万pvのブログを運営したり、
Barの経営やアプリの開発に携わってます。

まあそんなの怪しいですよね?
しかし僕は地頭がよかったわけでも、
環境に恵まれたわけでもありません。

もともと文章を書くのも好きじゃないし。
「消しゴム拾って?」とも言えないコミュ障でした。

そんな僕でも自信を得れて
バイトせずに月収70万。
プライベートもかなり充実しています。

結局は、知識です。
知ってるか知らないかだけの世界です。

学んでいけば誰でも稼げます。
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