はじめまして、まつもとです。

ぼくは、18歳のときに起業しました。

 

最近ではネットビジネスの懇親会で、

19歳とか見かけると

「ついに最年少と言えなくなった…」

と時代の流れを感じるようになりました。

 

で、ぼくの物語を言うと、ビジネスに興味を持ち始めたのは高3の夏でした。

 

わりと早いタイミングで起業という選択肢に気づけたので運がよかったのはありました。

 

しかしビジネスと出会うまでは、自分で稼いで時間を生み出す考えなんて出てきませんでした。

 

起業するまでは、「高学歴で大企業に就職して、エリートサラリーマンが一番安定なんだ」という考え方してました。

 

しかし起業してからは人生が180度ガラッと変わりました。そんなウソのような本当のクレイジー壮絶物語をお楽しみください。

 

これを読めば、ビジネスの知識が
”ゼロ”の状態からでも勉強することで
僕みたいなアホ人間でも自由になれることがわかります。

18年間、モブキャラだった

今はもう月収70万になり、
自分を主軸にして人生を生きるようになって、
やっと自分の意志で生きれるマシな人間になりました。

 

でもビジネスをする以前までは完全たるモブ男でした・・・。

 

なにやるにしても続けられないし、すぐ飽きて中途半端で終わる器用貧乏で、「特徴ないのが特徴」みたいな。

 

幸せを感じてるのが、ポテチくいながらコーラを飲んでアニメを見るという、うまるみたいなダメダメ人間でした。

(うまる、かわいいよね)

 

ソファに座れば寝落ちするまで基本うごかないし。トイレか、「夕飯だよー」言われないかぎり立ち上がりません。

 

人をダメにするソファーが売っていますが、ぼくはどのソファーでもダメになる自信があります。( ー`дー´)キリッ

 

「やべえええ明日、宿題ださなきゃだわあああ!!この動画みたら絶対やる!フリじゃない!ほんともう、ほんとやるってばよ!!」

 

とか言いつつ…やらない。

 

「大丈夫なんとかなるやろ」で、先生からお叱りを受ける日々でした。

 

これでまた究極に貧乏だったら最強のネタになるんですが、家系もTHE凡人で、父もサラリーマンで定年退職間近だし、母もパートの人で。

 

当時のぼくの頭の辞書には、起業という言葉すらなく金持ちじゃないとできないことだと思っていました。

 

ピアノ、私立の中高大学、と姉ばかりにお金が使われてとても贅沢とか言ってられない状況。

 

僕にはいかにコスパよく生きてくれるかが求められていたのです。

物欲コンプレックス

コスパ重視によって金持ちとは程遠い、ケチで貧乏な価値観で生きてきました。

 

誕生日やクリスマスにゲームソフトとかは買って貰えたりするけど、wiiとかPSとかPSPのレベルは買ってもらえず…。

 

ゲーム機本体を買うのに新品ではなく中古で買うのが鉄則で、流行りに乗っかってゲームを手に入れることはありませんでした。

 

手に入れたころには、「まだお前それやってんのかよww」とバカにされて、贅沢いうのも叱られるのが恐くて、

 

「あれ欲しいな、やりたいな」と思っていても、「どうせ買ってもらっても届くころには時代遅れになるだけだし、親にねだっても無理なんだろうな」と諦めていました。

 

親から指示されたことしか動けないし、親と衝突するのが恐くなっていました。

 

気づけば欲しいものだけじゃなく、やりたいことにも自ら蓋をするようになっていました。

 

それからいかに親孝行するかばかり考えて、学校生活にもそれが影響します。

 

他人の視線や顔色ばかり気にする、嫌われないように八方美人するのが得意でした。

 

そのため、あっさーーい関係の友だちしか作れず、承認欲求の塊も積もるばかり。

 

また、「迷惑かけたくない!」という想いが強すぎて自分ではなく親がこうあって欲しいという生き方をしていたのです。

肩書こそ最強だと思っていた

「高学歴で大企業に勤めて高収入を得る」

 

親は密かにこれを願っていました。当時ぼくもそれに応えようとしていました。

 

また肩書によって人生が左右して、肩書を手にしたものが勝ち組であり安定した暮らしが得られる。

 

それがこの社会の縮図なんだと思っていました。

これは中学の頃に死ぬほど痛感しました。

 

小学校で6年間サッカーをしていたときは、調子に乗れて人間関係に困ることはありませんでした。

 

しかし中学になりオタクが集まる卓球部に入ってから、ラノベを読んでいたらクラスから気持ち悪がられ。

 

一方、サッカー部や野球部、バスケ部といったスクールカースト上位の奴らはモテまくってました。

 

あーなるほど・・・と思いました。

 

しょせん人間ってのは、肩書でしか判断できん中身とか全くもって評価されないんだ!なんだこのクソゲーは!!

 

と、中学校の生活から社会の縮図を学んだつもりになっていました。

 

そうした強い肩書コンプレックスから、「偏差値60以下の高校なんてゴミクズだ」と中学2年から内申書を高めるために優等生として生きました。

 

高校受験の面接では、「失敗したことはなんですか?それから学んだことは?」という問いに対して。

 

優等生であるために失敗をできるかぎり避けながら過ごしていたため、唯一の失敗と認識したのが

 

「横断歩道じゃないところを誤って通ってしまい、そこを部活の顧問の先生に見つかってしまい叱られました。卓球部の副部長として改めてしっかりしなきゃいけないなと反省しました。(キリッ」

 

と、答えて見事に誤爆して第一志望は不合格。

 

まあなんとか今までの優等生ぶりが発揮して、

内申書の力を借りて後期の試験で偏差値60ギリギリのマンモス高校に入学しました。

 

そして僕は肩書を得るためにサッカー部に入りました。(いちばん勢力ある部活でスクールカーストのトップになれるチート部活)

 

部員150人もいるのに誰ひとりとして初心者もおらず、愕然としました。

 

「はやく辞めろよ」と荷物を持たされたり、自転車を半壊させられたりして。

 

それでも学校生活では中途半端に調子に乗ることができました。

 

これが肩書のおかげだと思って、他の部活の人とも仲良くなることができ、女子とも話すことが許され(極度な勘違い)

 

高2の冬でモテるために続けていた。(結論:モテなかった)

 

サッカー部を辞めて、春から塾に通い始めました。

おれのやりたいことってなんだ?問題

「あなた手先が器用なんだから、建築士になりなさい」

 

ぼくは母からそう言われて、

「それが正しい」

と疑いもなく理系の国立大学の建築科を目指しました。

 

そこに行けば、立派な肩書がもらえる。(東大は無理だと察した)

 

イイ感じの肩書さえあれば人生イージーゲーム!それさえあれば勝ち組だ!可愛い嫁さんも手に入れてウホホのホーーイ!!

 

と、敷かれた社会のレールでのし上がろうとしていました。

 

しかし高3の夏になり、勉強方法が悪かったこともあり、志望校の模試の判定はEのまま。

 

「いやこんなん無理やん、この時期に判定Eとか…カスすぎね?」

 

と、そこで初めて自分の人生について考え直しました。

 

てか、ほんとに建築士になりたいんか俺?

ぶっちゃけ、もっと将来やりたいことがあるんじゃね?

ちょっとこれは人生見つめなおす必要あんじゃん?このまま建築士えらんだら建築しかできねーし。

もしかしたら文系いきたいかもしれん。。

 

そして1週間ほど期間をもうけて、「自分がやりたいこと」を探していました。

 

僕は進路を変えるならこれが最後のチャンスだと思い、今までにないほど真剣に職業をググりました。

 

「建築士なー、中学のとき職業体験でいったけど長袖長ズボンの作業着を夏に着るとか絶対死ぬじゃん。。」

 

「放送作家か…秋元康とかいいよな。でもオレにはひらめきとか才能ない凡人だから無理だろ。。しかもやるならADからしなきゃいけないとかしんどすぎる。」

 

「サラリーマンとか無理、満員電車を毎日はシンドい、せめてチャリ通じゃないと無理。」

 

「銀行員はなー人生安泰だけど真面目すぎる、あとそんなオレ賢くないし無理。」

 

無理無理無理無理無理無理・・・。

 

どれが自分に合う職業なのか分からず、いまいちパッとしません。

 

あーもう!何ができるんだ!!俺は何がしたいんだ!

 

18年間しか生きてきていないのに働きたい職業なんて見つかるはずもありません。

 

結局、自分には建築士しかないんだと、またスタート地点に戻りました。

とある1冊の本が人生を変える

死んだ魚のような目で、勉強する気力もなく惰性で塾に通っていました。

 

セミがやかましく鳴く、蒸し暑い夏の午後。

 

ぼくはダラダラと紙に意味もなく、英単語を書いていました。

 

あーもう死にてえ、受験勉強から逃げてえ。。

 

ぼくはペンを置いて、めったに行かないTSUTAYAの書店に訪れました。

 

「なんか良い参考書ないかなー」

 

ぶらぶら本棚を眺めていたら、ん?と1冊の本に目がとまりました。

 

 

岡田斗司夫、著者の『僕たちは就職しなくてもいいかもしれない』

 

この本が僕の人生を変えるキッカケとなったのです。

 

「僕たちは就職しなくても…いいかもしれない…??」

えーー!!就職しないでいい選択なんてあるのおおおお!!?

 

頭にズドーーンっと雷が落ちたような衝撃をうけました。(エネルだけにw)

 

そして案の定、その本を読んで今までの固定概念がぶっ壊れました。

”会社が人を雇わない理由は、以下の三つ。”

①企業の平均寿命が五年を切り、これからずっと安泰な会社が存在しない(公務員も安心ではない)。つまり「半年先の未来がだれにも予測不能」だから。

②新人を雇って仕事を教える余裕がない。面倒な仕事しかもう残っていない。いま固定給を払っている人たちでやりくりするので精いっぱいだから。

③怖くて人が増やせない。新しいアイデアが出てくるたびに一つの産業や業態がつぶれたり、もしくは会社の売上が半減したりするから。

そこから僕は目覚めました。

 

こりゃダメだ、会社に依存してたら死ぬな。。

 

会社がぶっ倒れても大丈夫なように、自分で稼ぐスキルが必要だなと気づきました。

そもそも自営業なんて当たり前で近所の八百屋さん、ラーメン屋さんだって、自営業でしょ?社長でしょ?全然珍しくないよね。

てきなことも書かれてて。

 

「うわホンマや!アハ体験かよーー!!」

 

と、ひどく共感したのですが、

「いやいやでもなにすればいいか分からんし、凡人の俺ができるわけない」

 

ぼくはビジネスなんて縁のないものだと切り離しました。

 

起業といってもスティーブ・ジョブズとか孫正義とかごく限られた才能ある天才にしかできないっしょ?

 

おれ天才じゃないし無理やんけ、そう思ったのです。

ネットビジネスと出会う

それでも、『自分でお金を稼ぐスキル』は知りたかったので家に帰ってツイッターで「自由」と検索してみました。

 

すると、、

『東大生がパソコン1台で3ヵ月で1000万稼いだ』

いかにも怪しさプンプンするツイートが表示されてたのです。

 

「100%詐欺やろwww」

 

しかし受験勉強したくないしウルトラ暇だったので、

 

「本当に東大生が言うんだったら論理的に矛盾してたらおかしいし、矛盾してるとこがあったらそれ詐欺やん。論破したったるわー」

 

のつもりで見ていきました。しかし読めば読むほど、本質系。

 

これはヤバい、こんな世界があったんだと気づけば全ての記事を読んでいました。

 

そんでメルマガ登録し、無料プレゼントの動画を受け取って。

 

「これ自分で稼げたら、やりたい放題できるやん」

「てか今までどこか諦めてただけで、本当はやりたいことたくさんあるじゃね?!!」

 

と、魂が震える体験をしまして。

 

人生で初めて自ら、「これやりたい!やらないと絶対後悔する!」とみなぎりました。

 

そっから1か月で自らメディアを立ち上げて起業するものの親にバレて全てのブログ、メルマガが閉鎖したのです。

 

受験勉強をしないでビジネスばっかしてたので、大学に合格することもなく浪人しました。

浪人しながら19歳で転売ビジネスをやる

母&父「2浪はできないから」

 

与えられた時間は、この1年しかない。

 

とにかく即金性の高いビジネスとして転売をはじめました。

 

クレカも使えないから、バイトして5万稼いだぶんを元手にやりました。

 

そのお金から1番くじで貰えるピカチュウのぬいぐるみが人気だとわかったので、

アニメイト行って1回500円のくじを10回ひいたのです。

1回目、クソ。

2回目、ごみ。

3回目、まあまあ(+1000円)

4回目、カス。

5回目、ごみ。

「くっそぅ・・・」

 

はいはい。どうせ、出ないですよー。

 

そう簡単に出るもんじゃないですよー。(物欲センサー低下中)

 

そして、6回目。

「ドローーー!!」

 

・・・。

 

★B賞(+29800円)

キタアアアアアアアアアアア!!

「よっしゃおらあああああ!!!」

 

そして立て続けにA賞とか色々当たりをだして。

 

これをAmazonとメルカリで出品して、トータル5万の利益。完全に運ゲーです。笑

 

そこからアイドルのイベントやコンサートに行ってグッズやTシャツを転売。

 

またメルカリ無在庫転売でダンベルを売りまくって、トータル30万稼ぎました。

 

最初は刺激的で楽しかったのですが、だんだんと

 

「これ俺じゃくてもできるじゃん」

 

ってことで、つまらなくなり飽きていきました。

 

そして、ほぼ全部カネはアイドルの握手会やライブにぶっこみました。アホにもほどがありますよね。

 

しかし当時、宅浪だったぼくはアイドルとの握手でしか女性と関われなかったのです。

2浪はできない

そして9月、大学入試まで半年をきった頃。

 

「2浪はできない…」

 

頭のなかでその言葉が反芻しました。

 

2浪になったら就職しなきゃなの?

 

やべえ、、それはなんとしてでも回避しなければ!

だったら大学の4年という時間が欲しい!

 

と、そこから受験勉強をスタートしました。

 

せっかく勉強するならレベルの高い早慶とか行きたい。

 

「親の驚いた顔が見たい!!」

 

それからビリギャルを見て感化されて、独学で慶應を目指しました。

 

途中、「あれ?神奈川の日吉より東京の早稲田のほうがよくない?」ってことで進路変更をし。

 

英語を2か月で仕上げて、国語も余裕のよっちゃんの域まで達しました。

 

早稲田の過去問を解いても8割を下回ることもない。

あとは政経のみ、早稲田の試験本番まで残り2ヵ月。

 

(…政経は1か月で仕上がるっしょ、そしたら1か月余暇じゃね?w)

 

余裕ぶっこいた僕は正月に、紅白、ガキ使の笑ってはいけない24時を見てました。録りだめしていた、「アメトーーク」やアニメを見続けていました。

 

早稲田に合格しなかったらどこでもいいやと、センター試験の申し込みもしていなかった僕は。

 

センター試験は当日でんぱ組というアイドルのコンサート、武道館に行っていました。

 

ライブを見てから、また切り替えて受験モードになりますが時はすでに遅し。

結果、早稲田落ち。(そもそも受けてない)

 

滑り止め候補の大学を舐めていました。

早稲田による早稲田のための勉強しかしてないため。

滑り止め→全落ち。。

 

自信もクソもなくなりました。メンタル崩壊です。

 

母「あんた早稲田受けてる場合じゃないんじゃないの」

 

「…(おれは早稲田のために勉強してきたんじゃ)」

 

母「そんなんで早稲田受かるわけないじゃない」

 

「たしかに、、(豆腐メンタル)」

 

それでもう早く受験勉強を終わらせたいがために、受けたのかどうかも忘れた大学に合格。

 

「よっしゃああ!!自由だあああ!!!」

わずか1か月で大学をサボり始める

 

ぼくは大学に行ってから1か月でサボり始めました。

 

そもそも僕は大学は彼女を作る場としか見ていませんでした。

 

僕にとって、大学は3つの価値しかないと思ってて、

 

・コミュニティの価値(サークルとか友達)
・就職予備校
・彼女を作るため

 

でしかなかったのです。

 

コミュニティの価値は、
ホリエモンのオンラインサロンに入っていた時期や
推しアイドルのトークイベントでがあって
定期的にオタクと集まる機会もあって、それで十分だし。

 

就職予備校っていうのも、自分で稼げてしまえば関係ないし。

 

あとは彼女ですが、春休み期間で書店の全ての恋愛本と心理学の本を読み漁り。

 

かつモテる奴が集まる飲み会に参加して、そこから情報を得ていました。

 

そしてコミュニティ形成が完成しないうちに、ぼくは人生初の彼女できたのです。

 

しかし大学は実家から片道2時間半かかっていました。

 

ほぼ毎日5時間をけずって、彼女に会いに行くなんて時間の無駄だと思えたのです。

 

だったら、その5時間はブログを書き続けたほうがいいと思ったんです。

 

こうなると、
「一人暮らしすればいいじゃない」
ってなりますよね。

 

もちろん親に頼みました、

「家賃とかアルバイトするから~」

と泣きながら頼んだのですが、
それでも承諾は得られなかったのです。

 

母「姉ちゃんが神奈川まで片道2時間通ったんだからあなたにもできるでしょ!」

いやいや無理ゲーだわ。。

 

どう考えても、電車で通うほうがお金かかるのに、

「一人暮らしはお金がかかる」

「家具を買ったりしないといけないし大変」

もう親を説得するのに体力を使うのが面倒になりました。

 

だったら、親を介さないやり方をしようっていう思考になっていったのです。

 

朝5時に起きて、
満員電車に乗らないといけない日々。

ぼくには耐えられませんでした。

 

親には大学に行ってるフリして、
ビジネスを勉強するか、
ブログを更新するかをし続けました。

 

大学で会わないため彼女との関係も離れ離れになります。

 

気づけば、別の彼氏ができていて
ディズニーに行ってるトプ画に更新されていました。

 

「あああああ、彼女があああああああ…(泣)」

 

自分を奮い立たせるために
60万のビジネスコンサルを受けますが、
なぜかまったく危機感がでません。

 

「俺のやる気スイッチどこに行っただぁぁあああ!!」

 

そう親のクレジットカードを盗んだ事件から、ぼくの感覚は麻痺していました。

 

18歳で親のクレジットカードを勝手に使ってビジネスを学んだ
2018-09-12 12:50
こんにちは、マツモトです。 ぼくは18歳まで、 「大企業にはいって大企業に入って安定の人生送る」 といった敷かれた社会のレールに乗っていく。 そんな人生を歩む予定でしたが、大企...

 

やばい、このままじゃ何もしないで終わってしまう…!

 

カフェで作業して帰ったら、
自動的に飯が出てきて、風呂がわいている。

 

この甘やかされた実家の環境に腹が立ちました。

「いつまでこんなショボい環境にいるんだー!!」

「いつまで親のすね齧ってんだ!さっさと独立せねば!!」

精神と時の部屋に1か月ひきこもる

2018年の2月に僕は実家から飛び出しました。

 

本来は友達3人で渋谷のエアビー(民泊)を借りて、約40日の合宿でした。

 

しかしなんといっていも金がありません。

とにかく食費を浮かすしかなかったのです。

 

そんなときAmazonを見ていたら、神アイテムをみつけました。

価格:479円。

 

これを1日1食で乗り切れば、1日の食費は約15円。

 

「や、安すぎる!!」

 

腹が鳴るたびに水を飲み、どうしてもお腹がすいたときに、みそ汁を食べるという生活。

 

ぐうううううう…。

 

となりでラーメンをすすっている友達のKくん。

 

ただただ羨ましい目で見つめていると、チキンラーメン1パックくれたりしました。

 

バレンタインデーの日、だれかチョコ持ってるんだろと友達がナンパでチョコを調達していたりしてました。

 

そして時には、友達はナンパした女性から奢ってもらうスキルを身につけました。

 

ほんと生きるか死ぬかのサバイバル生活。

じぶん次第で人生が決まりました。

 

しかし何故か、主人公感がハンパなく日々が充実してて楽しいのです。実家はぼくにとって監獄でした。

 

ありのままの自分で自由にいられる解放感、ハンパなかったです。

 

しかもみそ汁以外に余計なものを、お腹に入れていないため頭だけは冴えていました。

 

それで家出して渋谷に出てから30日。

仲間とも楽しみながら暮らしていました。

 

仲間2人が遊んでいたりしてるなか、ぼくはスタバでひたすら作業です。

 

最初の日は129円でペットボトルのミネラルウォーターを買っていました。

次の日からそのペットボトルを使いまわして、空になったら浄水器の水を汲んでっていうのを繰り返していました。

 

かかるお金はペットボトル代のみ、それでほぼずっとスタバのwifiを使って作業しまくってました。

 

京都に同じジャンルで情報発信している同い年の友達がいたので、一緒にリストを共有してオンラインセミナーをひらき。

 

で、15万の企画を打ち出して、1ヶ月でトータル70万を得ることができました。

 

40日が過ぎるころ、実家に戻るのも嫌だったので困っていました。そのとき、一緒にビジネスしていた友達が、

 

「京都くる?」

 

ってことで、
1週間くらいの滞在のつもりですが、
結果的に京都で2ヵ月暮らしていました。

 

ビリヤードしたり、
なつかしの遊戯王やったり、
カラオケオールしたり、

 

「先月稼いだからいいよね!」

ってことで、かなりはしゃいでいました。

 

京都に行ってからは、女性起業家がやってるジャグアアートのコンサルをしたり。60万するコーチングのセミナーを受けたり。

 

「体にピース」のカル〇スから、
コンサルオファーをされてる
SEOの達人の方とオウンドメディアを一緒に作ったり。

 

なんか催眠とか宗教とか、
いろんなことを学んだり

京都にある美味いもん食って遊んだりしてました。

 

そうしているなか、
ぼくは月収70万を超える仕組み、
金の成る木を作り上げることができたのです。

ぼくの理念は挑戦し続けること

少なくとも、ぼく一人ではここまで来れませんでした。

 

親も含めて、自分に協力してくれたひと、

色んな方々がいて、ぼくも成長することができました。

 

そして、ぼくは再び新しい世界へ飛びこんでいきます。

 

ぼくは常に人生を退屈にさせないようにすることを意識しています。

 

なので人生のテーマが、「挑戦」です。

やったことないことにどんどん取り組んでいく。

 

そうすることで人生がより豊かに面白くなっていくと確信しています。

 

体験してみないとわからない、
ぼくは今まで超絶ビビりマンでしたが、
自分でビジネスをするようになってから人生が変わりました。

 

お金も時間にも余裕があるので、
新しいことに挑戦しまくりです。

 

どんどん自分の世界が広がって、
それと同時にまだまだ色んな世界があって飽きることがありません。

 

仕事をきっかけにプライベートでさまざまな友達も増えました。

 

同じ価値観をもっている人しかいないのでストレス皆無です。

 

とくに気を遣わずに常に本音で話すことができます。

そして常に勉強、勉強、勉強です。

 

学んだことを人に話してアウトプット、
人にも感謝されて、
さらに思考も鍛えられて、
コンテンツを量産して、
収益上げて自動化して、
また新しいビジネスに取り組んでいます。

 

永遠に進化し続けるという意味で、ずっと俺のターンです。

これは一度やればわかりますが、超絶楽しいし止まりません。

 

最近は外注化して人を雇って、
自分じゃなくてもやれる仕事はどんどん任せています。

 

記事を書くのだって、
動画を作るのだってやれることは任せてます。

 

こうしてクリエイティブなもの、

ぼくの体験を語るときは自分でやりますが
集客用の記事とか作るときとかは僕はやりません。

 

そうして、プライベートな時間がどんどん増えていきます。

ただただ映画をみているだけなのに収益がバッコーンと増える。

 

学んでいる知識を、困っている人に
提供したらそこから売り上げが10倍に伸びたり。

 

そこから人脈がどんどん広がったりなんかもしています。

こうやって自分の世界がどんどん広がっていくのは非常に面白いです。

 

思わぬ面白いものに巡り合うのも、
まずお金を手にして、
自由な時間を得られるようになってからでした。

 

ぼくは初対面の人から

「なんでそんな賢いんですか!」

と言われたことがしばしばあります。

 

でもこれって知識を得て、
そっから思考を鍛えたにすぎないです。

 

今までの振り返ってわかるように、
僕なんかコンプレックスの塊だったし。

 

ろくに大学もいけない、
親に迷惑かけっぱなしのダメ人間でした。

 

文章なんて一行書くのに、
40分かかって何書けばいいか分からず、

「明日やればいいっか」
と先延ばしにしまくっていました。

 

なんやかんやネットビジネスで
自動で収益を得るようになったのも
丸3年かかってるし、遠回りしまくってチンタラしてました。

 

のんびりビジネスしてても知識だけは頭にあるのです。だから18歳のときに失敗しても新たにビジネスをはじめて何やればいいのかはずっと明確でした。

 

ただあまりにもノロすぎましたね、カメみたいに。

 

日本人は、ビジネスを義務教育で学ぶとかないので起業とか未知な領域です。未知なもんは恐いです。

 

あのアマゾンでさえ最初は、宅配を頼んだとき僕はめっちゃビビってました。「ほんとに届くんかな…?」と。笑

 

けど知ってしまえば、
案外そんなもんかっていうもんです。
これは起業でも一緒です。

 

ビジネスを勉強してない人は、

「人生そんな甘くないよ」

とか言って、せっかくの可能性を押しつぶしてしまいます。

 

かつて、ぼくの親がそうであるかのように。べつに親が悪いとかそういう訳じゃないんです。

 

正しい、心配してる、変わって欲しくないという思いから僕らを止めにきてるだけなんです。

 

要は、お金を稼ぐなんて醜い、
汗水たらして働くのがマットウ。
そんな風潮がいけないだけなんです。

 

ビジネスは知ってるか知らないかの世界です。

 

人生はちょっとした情報に触れただけでも、1日で変わります。

 

ぼくの場合は、1冊の本を立ち読みしてからでした。

それから学べば学ぶほど、お金は入ってくるし。

 

時間も手に入れてさらに学ぶことができます。

「学びて富み。富みて学ぶ」

この繰り返しです。

 

これで急激に人生おもしろくなります。

充実度がえげつないほど上がります。

 

もっと自由な時間を手に入れた人が増えれば、一人一人の可能性も広がって、その人たちが集まって一つの企画をやれば、やりたいことの幅も選択肢も広がっていきます。

 

可能性が広がれば、面白そうなことが次々と実現していきます。

 

ぼくは価値観の合う、
そういった仲間を集めて、
どんどん人生を濃くしていきます。

 

そういった人たちを生み出すためにも、
こうして僕の赤裸々な体験や考えを発信しています。

仲間の存在はバカにならん

ぼくがネットビジネスを始めた18歳の頃って、
同い年の仲間っていうのが皆無でした。

 

情報発信ビジネスって、
一人で作業できるのが強みでもあるのですが
仲間がいないので糞詰まりやすいってのが弱点でもあります。

 

ぼくの今の年齢は21歳です。

 

この年齢で情報発信ビジネスやってる人間って本当にまだ少ないです。

 

だから、ぼくは 同世代の仲間と出会ったとき感動しました。

 

そのときは想像もしてなかったんですけど、それから一緒にセミナーを開催したり。

 

いっしょの家に住んで、遊んだり作業したりってのをしていました。

 

そっからぼくは、
月収70万を稼げるようになって
バイトもしないで大学も行く必要がなくなったんですね。

 

仲間がいるだけでもビジネスは楽しくなるし、
場の力が働いてどんどん行動できるようになります。

 

「やべえアイツもやってるし俺もやらなきゃ!」

っていうモチベが湧くんですね。

 

みんなが勉強している自習室に入ると、
自動的に自分も勉強しますよね。

 

それと同じで、やる気を起こさなくても作業できる環境あるだけで人は成長します。

 

ぼくも最近は、「環境」にガンガン投資しています。

 

そこにケチっていても意味ないし、
お金持ちのとこにいたら必然的に
ぼくも金持ちになるからです。

 

周りの人が億いく人ばっかなので、
億の情報がぼくの周りで出回っていて、
そりゃ自分も億いっちゃうわなという話です。

 

しかしビジネス初心者は、
まず何をはじめればいいのか、
右も左も分からない人が多いです。

 

そんな過去の僕のような人に向けて、
ビジネスの基礎の基礎から発信していこうと思います。

 

ぼくの発信をみてると、

「若い人じゃなきゃダメなのか?」
という考えに陥りやすいのですが、
そうじゃないので大丈夫です。

 

「なにか新しいことに挑戦したい!」
っていう精神的に若ければ何歳でも構いません。

 

逆に精神的な「若さ」がないと、
正直ビジネスしても厳しいと思います。

 

実際に「若い」ではなく、
「若さ」があるっていうのがミソです。

 

ネットは年功序列な世界ではないので、
実力さえあれば新しい人でも
一気にごぼう抜きできる世界です。

 

正しい努力をしたぶんだけ、
お金や信用となって自分に還元されていきます。

 

そして自由な時間が手に入るという好循環。

 

そもそもビジネスってのは面白い世界です。

 

しかし、なかなか身の回りで
ビジネスが面白いことをわかってくれる人がいません。

 

まあぼく自体も、
「まあ一人でなんとかなるでしょ」
とは思いつつ、寂しさがありました。

 

しかし、気づきました。

 

やはり仲間がいるだけでかなり変わります。
楽しさ倍増どころじゃありません。

 

面白いアイディアもポンポン浮かんできて、
やりたいことがたくさん溢れ出て人生めっちゃ充実します。

 

ワンピースをイメージして欲しいのですが、
きっとルフィだけじゃ海賊王になることは無理でしょう。

 

料理を作ってくれるコックがいて、
海を渡り歩くための航海士がいて、
病気を治すための医者がいて、
船を直すための船大工がいて…。

 

だからこそ、色んな事がやれるし挫けそうになっても立ち直ることができます。

 

改めて仲間の存在ってバカになりません。

 

だから僕らは最強のチーム、
一緒に情報発信ビジネスする環境を作りました。

 

今後いろいろな企画をやってくので
それにいつか参加するという
最初は気楽な気持ちでオッケーです。

 

まあ何かしらの形で、
お金じゃなくてもいいので
コミュニティに還元してくれたらなと。

 

ぼくは別のメディアでも
メルマガを持っているのですが、
600人以上の方からガンガン返信を頂きます。

 

こういうのって嬉しいですよね。

 

そっから異性からモテるようになったり、
会社をやめて独立するようになって
自由な人生を送ってる人もたくさんいます。

 

なのでとりあえず最初は、
ビジネスの基礎を学んで、

めいいっぱい稼いください。

 

で、今回は読者同士が絡むこともできるメルマガを設けました。

ぼくがどんどんメールを送るので、
それを毎回読みつつ返信してくれたらなと。

 

たまに懇親会とかも開くので、
情報感度が高ければ参加できるようになってます。

 

まあなんにしても、
まずはメルマガを読んでもらえたら嬉しいです。

 

いつものように難しいことは一切書きません。

 

うちのオカンでもわかるように書きます。笑

 

その代わり、厳しいこともガンガン言っていきます。

 

マインドを変えないと成功しないですから、これマジで。

 

依存心強い人とか論外だし、
モチベーションも続かなかったりもするし、
一生懸命やってても途中でやめる人とかもいます。

 

それって超もったいないんですよね、

せっかく勇気もって踏み込んでるのに。

 

だから新しくチャレンジできる環境かつ、
それが続けられるとこってマジ少ないよなって思うのです。

 

「仮想通貨だ!」言って流行で洗脳したり、
詐欺ノウハウしか伝えられなかったり、
ダサいやり方しか知らなかったり…。

 

ビジネスの本質ってそこじゃないんだけどなー

ってどこかで思ってる人にも向けて、
正しいノウハウや知識ってのを伝えていきます。

 

無料で参加できる以上は、
気楽に参加していいんだけど、
ちゃんとコミットできる人だけ来て欲しいです。

 

情報だけ取りに来るスタンスの方ではなく理念をきちんと理解して、その理念を一緒に広めるために活動してくれる方に来てほしいですね。

 

よく分からなかったら返信とかくれるだけでも
モチベーションが上がるので嬉しいです。

 

では具体的な話はメルマガでお話しています。

メルマガ自体は無料です。

 

いまだとkindleで出版している
電子書籍も無料で受け取れるので、
手に入れられるうちに受け取ってください。

 

メルマガ登録は、
こちらをクリック←

 

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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僕は受験勉強が嫌すぎて、
18歳で起業してパソコン1台で食っていけるようになりました。

今は月収70万になりました。
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Barの経営やアプリの開発に携わってます。

まあそんなの怪しいですよね?
しかし僕は地頭がよかったわけでも、
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もともと文章を書くのも好きじゃないし。
「消しゴム拾って?」とも言えないコミュ障でした。

そんな僕でも自信を得れて
バイトせずに月収70万。
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